廻哀村
廻哀村へ、
ようこそ。
このサイトは、廻哀村の地図、暮らし、信仰、言葉を読むための記録庫です。
作品映像、キャスト、ギャラリー、上映情報から、村の世界へ入ってください。記録を読み進めるほど、見えてくるものと、見えなくなるものがあります。
映像資料
廻哀村の空気と、そこに残された記録を映像でご覧ください。
ギャラリー
キャスト
廻哀村に暮らす人々。役名と顔写真を選ぶと、公開できる範囲の人物紹介が開きます。
廻哀村
(えあいむら)とは?
村を知ることは、地図上の場所を覚えることではありません。なぜ塔は中央にあり、なぜ水田は川沿いに並び、なぜ社は村の後方に置かれているのか。配置を読み進めると、廻哀村がどのような暮らしを選んできたのかが見えてきます。
廻哀村の暮らし
村では、仕事は職業ではなく役目として受け継がれています。水番、田の手入れ、道の補修、共同の炊事。誰が何を担うかは、本人の希望だけで決まりません。足りる分だけを受け取り、足りる分だけを返すことが、平穏な暮らしの作法とされています。
水と食卓
川の水は田へ、田の実りは食卓へ流れます。暮らしの循環を知る者ほど、村の外へ出る理由を持たなくなります。豊かさは選択肢の多さではなく、迷わずに済むこととして語られています。
夕暮れの声
日が落ちると、仕事の音が歌へ変わります。お堂の鐘、家々の戸、子供のわらべうた。何気ない音の中に、村が一日を閉じる合図が重なっています。村には古くから伝わる童歌があり、誰でも知っている一方で、誰が作ったのか、いつからあるのかは定かではありません。歌詞の内容には理解できない部分が多いですが、えあい村について歌ったものだとされています。
村の神「えあいさま」
慈悲と恐れ
見守られているという安らぎと、見逃されないという恐れが、同じ「慈悲」の中に置かれています。信じることは、守られることと見られることを同時に引き受けることです。
残る紋
紋は社だけでなく、衣服、墓標、共同設備にも刻まれます。宗教と生活の境目が曖昧なため、祈りは特別な時間ではなく、日常の輪郭そのものになります。
「救い」と「天罰」
規律は、罰則の一覧ではありません。同じ出来事を村人がどう呼ぶか、その呼び方がどこまで広がるかに現れます。言葉が先に意味を与えると、疑問は静かに居場所を失います。
死者の呼び名
村では、死者に個別の呼称をつけません。名前を与えれば、その人物について語るきっかけが生まれ、死の理由や経緯を思い返すことにつながるためです。村のために命を失った者の死は「救済」と呼ばれ、村の規律に背くなど、過ちを犯した者の死は「天罰」と呼ばれます。個人の名前や事情ではなく、村の秩序の中で意味づけられています。
受け継ぐ作法
お堂の集い、墓標の紋、夕暮れのわらべうた。規律は儀式としてだけでなく、日常の言い回しや子供の遊びにも混ざり、次の世代へ渡っていきます。
えあいさまの正体をめぐる記録
えあいさまは、村人が世界を理解するための名前であり、祈りの対象であり、日々の判断を受け止める枠組みでもあります。社、紋、塔、電力、記録。別々に見えるものが、同じ存在を指し示すように配置されています。
ここでは結論を示しません。見守りは慈悲なのか、規律なのか、それとも別の何かなのか。地図と暮らしと言葉を読み終えたあと、最初に見た紋へもう一度戻ってきてください。
上映情報
上映予定および公開方法については、準備が整い次第、この場所でお知らせします。
製作者について
輪廻タヲ
音楽、イラスト、映像、Webを横断して作品を制作するコンテンツクリエイターです。AIを使って出力したものをそのまま並べるのではなく、描きたい世界に必要な素材を選び、組み合わせ、演出と編集を重ねながら、一つの作品として仕上げています。『廻哀村』では、脚本から映像、音楽、人物や舞台の設計、公開用サイトまでを一人で手がけ、AIを新しい表現を試すための制作環境として扱っています。